4月11日、東京大学の入学式が日本武道館にて行われました。

 新入生たちが晴れやかな表情でキャンパスに足を踏み入れる今頃は、ちょうど2025年度の合格者数に関する情報が出揃う時期でもあります。

 2025年度の東大合格者数について、全国の受験生・教育関係者にとりわけ大きな衝撃を与えたのが、桜蔭高等学校の東大合格者数です。今年、桜蔭から東京大学に合格した生徒はわずか52名。教育関係者の間では、「天下の桜蔭が、ここまで東大合格者が減ったのか」と驚きの声が広がっています。

 桜蔭といえば、日本最高峰の女子校として知られる超進学校です。中学受験の偏差値では常に女子校のトップを維持し、いわゆる「女子御三家」(桜蔭・女子学院・雙葉)の中でも、進学実績ではひときわ抜きん出た存在だと言えるでしょう。

「卒業生の約3分の1が東大に」と言われていた

 桜蔭では長年、「卒業生の約3分の1が東大に、3分の1が医学部に進学する」と言われてきました。それだけ安定して、一定の割合で東大生を輩出し続けてきたということです。

 実際、近年の合格実績を振り返ってみると、2021年度は卒業生229名中71名、2022年度は228名中77名、2023年度は231名中72名と、ちょうど3分の1くらいが東大に合格しています。

 しかし、2024年度には224名中63名と東大合格者が減少。そして2025年度、進学情報サイト「インターエデュ・ドットコム」の調査によると、ついに東大合格者数が52名にまで落ち込みました。とくに理科三類(医学部)に関しては、2024年度が12名だったのに対し、今年は7名と、合格者数の低下が顕著に表れています。

 一体、桜蔭に何が起きたのでしょうか?

「桜蔭学園のレベルが下がった」は間違い

 確かに、桜蔭学園では近年、進路指導に関わる先生方の体制変更が行われたという噂もあり、結果として東大合格者数が減ってしまったことに関係しているのかもしれません。しかし、東大合格者数が減っているという結果だけを見て、「桜蔭も落ちぶれてしまったものだ」と考えるのは早計です。

 なぜなら、調査が示すのはあくまで「東大合格者が減った」という事実だけであり、「東大の志望者数」「東大合格率」は示さないからです。つまり、52人が受験して52人が合格したのか、それとも100人が受験したのか、200人が受験したのか、調査結果からはわからないのです。

 東大合格者数とは異なるデータを見てみましょう。こちらも「インターエデュ・ドットコム」公開しているデータで、2025年度の医学部合格者数をランキングで示したものになります。

医学部合格者ランキング(2025年度)

1位 豊島岡女子学園(東京) 175名
2位 滝高等学校(愛知) 156名
3位 海城高等学校(東京) 146名
4位 桜蔭高等学校(東京) 140名
5位 甲陽学院(兵庫)・渋谷教育学園幕張(千葉) 各124名

(参考:https://www.inter-edu.com/univ/2025/jisseki/medical/ranking/

 このランキングから分かるとおり、桜蔭は医学部合格者数において全国4位に位置しています。

 女子校としては、豊島岡女子学園に次ぐ2位です。医学部合格者数140名という数字は、もちろん私立の併願が重複して数えられている可能性は否めませんが、それでも卒業生の総数が230名ほどであることを鑑みると、かなり高い割合といえます。これは、「卒業生の約3分の2が医学部に合格している」と捉えられる、驚異的な水準です。

 過去のデータと比較してみても、桜蔭の医学部合格実績が依然として高水準にあることが確認できます。たとえば10年前の2015年度には、医学部医学科への合格者は169名いました。

 近年でも、2021年度には全国1位の158名、2022年度は113名、2023年度は153名、2024年度は128名でした。今年の140名という数字は、依然としてトップレベルの合格実績といえるでしょう。

 こここから見えてくるのは、確かにここ2年ほど桜蔭からの東大合格者は減少しているものの、医学部医学科の合格者は減っていないどころか、むしろ存在感を増しているという事実が見えてきます。

 では、なぜ桜蔭生たちは「東大ではなく医学部」を選ぶようになったのでしょうか。

高学歴女子の考え方の変化

 その背景には、高学歴女子の進路選択における価値観の変化があるのではないかと考えられます。

 近年、社会全体で“安定志向”が強まっています。景気の先行きが不透明で、大手企業であっても突然の業績不振やリストラが起こる時代。たとえ東大を卒業して大企業に就職したとしても、それだけで生涯安定が約束される時代ではなくなってしまいました。

 そんな時代を生きるエリート高校生にとっては、「東大」という看板の価値よりも、確実に職を得られ、経済的にも自立できる道として「医師」という職業の看板が魅力的に映るのかもしれません。

 東大の理科三類(医学部進学)に合格できるのは、毎年3000人いる東大合格者のうちわずか100名程度と、非常に狭き門です。仮に理三の合格が難しいと判断した場合、少し昔であれば、同じ東大の「理科一類」や「理科二類」を受験するという選択がメジャーでした。一方で昨今では、東大理三の合格が難しいと判断した場合に、東大の他の学部ではなく他の国公立大学の医学部医学部へ進路を切り替える、という選択が現実的なものとして受け入れられるようになってきています。

 「医師」という職業の大きなメリットとして、国家資格を得たうえで働くため、キャリアが安定しやすいという点があります。残念ながら我が国ではいまだに、将来のキャリアやライフプランについて女子生徒の方がシビアに考えざるを得ないという状況にあります。将来を見据えた合理的な進路選択として、かつてのように「東大=最高」という価値観のもとで進学先を決めるばかりではなく、「何をして生きていくか」「どう生きたいか」という視点で進路を選んでいると言えるのかもしれません。

 東大への合格者数が減ったことで、桜蔭の進学実績に陰りが出てきたようにも見えるでしょう。しかしその実態は、「より多様な未来を見据えた進路選択が行われている」というポジティブな変化であると捉えることができるのかもしれません。いずれにせよ、進学実績だけで高校の優劣を論じることには慎重になるべきです。